
講師は、自分自身を認めているのか?
スピリチュアルなことや心のことを伝える講師は、受講生や相談者に「もっと自分を認めてあげてください」「今の自分を受け入れてください」と伝えることがあります。
では、その言葉を伝えている講師自身は、自分のことをどれくらい認めているでしょうか。
これは、できているか、できていないかを判定するための問いではありません。
講師として活動を続けていると、知らないうちに「もっとできる自分でいなければ」「人に教える以上、迷ってはいけない」と考えることがあります。
だからこそ、ときどき自分自身へ目を向けることが大切です。
この記事の要約
自分を認めるとは、何でも肯定したり、自分を特別だと思ったりすることではありません。今の自分にある感情、迷い、できていること、まだできていないことを、すぐに否定せず「今はこうなんだ」と受け止めることです。講師が自分自身を認められるようになると、完璧な自分を見せ続けようとする力みが減り、受講生や相談者にも無理のない言葉を届けやすくなります。
目次
人には「自分を認めて」と言えるのに
講師という立場になると、人から見られる自分を意識する場面が増えていきます。
「先生なのだから、しっかりしていなければ」
「こんなことで悩んでいてはいけない」
「もっと結果を出してからでないと、自信を持ってはいけない」
そんな思いが出てくることもあるでしょう。
特に30代以降になると、仕事だけではなく、家庭、人間関係、これからの生き方など、いくつものことを同時に考える時期があります。
スピリチュアルなことを教えているからといって、迷いがなくなるわけではありません。
人に心のことを伝えているからといって、自分の心がいつも整っている必要もありません。
ところが、講師という役割が強くなるほど、自分に対してだけ厳しくなることがあります。
受講生には、
「焦らなくても大丈夫ですよ」
「今の自分を否定しなくていいですよ」
と伝えられるのに、自分には、
「まだ足りない」
「もっと頑張らなければ」
と言っている。
もし思い当たるところがあるなら、一度立ち止まって考えてみてください。
私は、私自身を認めることをしているだろうか。
そもそも「自分を認める」とは何か
「自分を認める」という言葉を聞くと、
- 自分はすごいと思うこと
- 自信を持つこと
- 何でも自分を肯定すること
- 欠点をなくすこと
を思い浮かべる人もいるかもしれません。
ですが、ここでいう「認める」は、もっと小さなことです。
たとえば、
- 今日は少し疲れている
- 本当は不安を感じている
- この仕事はよく頑張った
- これはまだ自信がない
- 人から褒められて、うれしかった
- 今のやり方には少し無理がある
こうした自分の状態を、すぐに良い・悪いと判断せずに、
「私は今、そう感じているんだな」
「今の私は、ここまでなんだな」
と認識することです。
自分を認めることは、自分に甘くなることではありません。
今の自分を正しく見るための土台ともいえます。
講師自身を認めているかを確認する
自分を認めているかどうかは、「私は自己肯定感が高い」と考えているかどうかだけでは分かりません。
日常の小さな反応を見るほうが分かりやすいことがあります。
次の項目を見てみてください。
- うまくできたときに「これくらい当然」と流していないか
- 人から褒められたとき、すぐに否定していないか
- 疲れているのに「まだ頑張れる」と無理をしていないか
- 人と比べて、自分には足りないものばかり探していないか
- 講師なのだから弱音を吐いてはいけないと思っていないか
- 分からないことを「分からない」と言えないことはないか
- 失敗したとき、自分そのものを否定していないか
当てはまるものがあっても、それが悪いということではありません。
大切なのは、
「私は自分にこういう接し方をしているんだな」と気づくこと。
認めることは、ここから始まります。
認めることは、完璧になることではない
スピリチュアルなことを伝えていると、「整った自分でいなければならない」と感じることがあります。
しかし、人に何かを伝える講師であっても、迷うこともあれば、落ち込むこともあります。
答えがすぐに出ないこともあるでしょう。
自分を認めるとは、
「私は何でもできる」
と思い込むことではありません。
むしろ、
「今はここまでできている」
「これはまだ分からない」
「ここは得意だけれど、ここは苦手」
と、自分をそのまま見ることです。
できていることだけではなく、できていないことまで含めて、自分の現在地を見る。
そこに必要以上の評価を加えない。
それが、自分を認めるということの一つです。
「受け入れる」と「受け止める」
「自分を認める」という話をすると、「受け入れる」という言葉もよく出てきます。
ただ、「受け入れなければ」と思うことで、かえって苦しくなる人もいます。
嫌なことまで好きになる必要はありません。
納得できないことに、無理に納得する必要もありません。
まずは「受け止める」くらいから考えてみてもいいでしょう。
たとえば、
「私は今、このことが嫌なんだ」
「私は今、怖いと思っているんだ」
「私は本当は、もう少し認めてもらいたいと思っているんだ」
と、自分の中にあるものを確認します。
すぐに変えなくても構いません。
解決しなくても構いません。
まず、そこにあることを受け止める。
そのあとで、
「では私は、これからどうしたいだろう」
と考えていきます。
この順番が大切です。
認める前に自分を変えようとすると、
「今の私はダメだから変わらなければ」
という出発点になりやすいからです。
自分を認めることは、講師としての土台にもなる
講師が自分自身を認めていないと、知らないうちに「認められるための活動」になってしまうことがあります。
たとえば、
- 反応が少ないと、自分には価値がないように感じる
- 申込みがないと、自分自身まで否定されたように感じる
- 他の講師の活躍を見ると急に不安になる
- 学び続けなければ人に教えてはいけない気がする
- 受講生から評価されることを必要以上に気にする
こうした気持ちは、誰にでも起こり得ます。
だから、それをなくそうとするより、
「今、私は認めてもらいたくなっているんだな」
と気づくことから始めます。
自分で自分の状態を受け止められるようになると、外からの評価だけで自分の価値を決めなくて済むようになります。
結果として、受講生や相談者に対しても、「こうならなければいけない」と強く求めるのではなく、その人の現在地を尊重しながら関わりやすくなります。
今日できる小さな問い
今日は、自分を変えようとしなくて大丈夫です。
次の3つだけ、自分に聞いてみてください。
- 最近の私が頑張っていたことは何だろう?
- 本当は少し無理をしていることは何だろう?
- 今の私に「それでいいよ」と言ってあげたいことは何だろう?
答えがすぐに出なくても問題ありません。
大切なのは、正しい答えを出すことではなく、自分自身の声に耳を向ける時間を持つことです。
今日持ち帰ってほしいこと
講師だからといって、いつも自信があり、迷わず、心が整っている必要はありません。
自分を認めるとは、理想の自分になることではなく、今の自分を「今はこうなんだ」と受け止めることです。
できている自分も、迷っている自分も、まだ答えが出ていない自分も、まずは存在しているものとして認める。
そこから、次にどうしたいのかを考えていけばいいのです。
まとめ
- 講師自身が、自分にだけ厳しくなっていることがある
- 自分を認めることは、自分を特別だと思うことではない
- 今の感情や状態を否定せず確認することが「認める」ことの入口になる
- 無理に受け入れようとせず、まず「受け止める」ことからでもよい
- 今の自分を認めることは、講師として人と関わるときの土台にもなる
よくある質問
自分を認めると、成長しなくなりませんか?
自分を認めることと、成長をやめることは別です。今の自分を否定せず現在地を確認できるからこそ、「次はどうしたいか」を落ち着いて考えやすくなります。
できていない自分まで認める必要がありますか?
できていないことを「素晴らしい」と思う必要はありません。「今はまだできていない」と事実として受け止めれば十分です。
自分を受け入れられないときはどうしたらいいですか?
無理に受け入れようとしなくても構いません。まずは「私は今、受け入れられないと感じている」と受け止めるところから始めてみてください。
スピリチュアルな講師なら、自分を認められていて当然ではありませんか?
そうとは限りません。人に伝えていることと、自分自身に実践できていることは必ずしも同じではありません。講師も一人の人として、迷ったり、自分を見直したりすることがあります。
一人で整理しにくいと感じたときは
自分では気づいていなかった思いや、「本当はどうしたいのか」を一人で整理することが難しい場合もあります。
誰かに答えを決めてもらうためではなく、自分の中にあるものを落ち着いて見つめる時間として、相談を利用する方法もあります。